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【インクルーシブ教育】「広瀬浩二郎著 世界はさわらないとわからない」を読んで。インクルーシブ教育の課題と目標。


広瀬浩二郎さん著 「世界はさわらないとわからない」は著者自身の失明の経験から自分の生き方や異なる文化の共生について考えさせてくれます。

広瀬浩二郎さんは国立民族学博物館の准教授をされています。

13才で失明になり、筑波大学付属盲学校から京都大学に進学。

小学校は公立小学校に通われていたので、インクルーシブ教育→特別支援教育→インクルーシブ教育の道を歩まれました。

現在は、健常者も視覚障がい者も楽しめる「ユニバーサルミュージアム」の実践研究に取り組まれています。

今回は著書の中から

「文化」と「文明」で読み解くインクルーシブ社会の未来

の章を通じてインクルーシブ社会、インクルーシブ教育について考えます。

 

以前書いた著書に関する内容はこちらから

 

インクルーシブ教育、インクルーシブ社会とは

初めに昨今インクルーシブ教育について話題に上がることがあります。

インクルーシブ教育とは、障害の有無にかかわらず、すべての子どもを包含する教育

のことです。

著書でもインクルーシブは

障害の有無に関係なく、万人が地域社会で安心して暮らせる

としています。

これの教育版ということですね。

R4年9月に国連が「特別支援教育の中止」を勧告しました。

この時に研修会に参加して勧告の内容を聞いてみると

  1. 権利の観点から健常と障がいを分けていることがおかしい
  2. 分ける文化が当たり前になっているから相模原障害者施設殺傷事件のように大人になっても差別をする心を作る
  3. 今の教育現場に全員包括せよというものではなく、今の教育現場を変えていく必要がある
  4. 現状、通常級、支援学校の選択が完全に自由で無いことも問題(通常級を断れることもある)

といったことが話の根幹と感じました。

著書を読むと、インクルーシブについて権利の観点以外に考えることがあると感じます。

触る文化と見る文化。文化の確立と共有

広瀬さんは健常者見常者、視覚障がい者触常者と表現します。

視覚優位の社会の中で視覚情報を使って生きている人と点字や白杖のようにさわる刺激を使って生きているという違い。それぞれが自分達の文化を創っています。

文化を創る

マイノリティの文化の力を高める上で、特別指導を受けることができたのはたいへんありがたい。

 

普通級では顧みられないマイノリティの文化、視覚障害の特性を活かすノウハウが蓄積されているのが盲学校なのである。

広瀬さんは小学校5,6年のころより視力が低下していきました。広瀬さんが通われた小学校には弱視学級があったので、そこでレンズや拡大読書機を用いて勉強を受けたり、弱視を恥じないこと(自信)や困っていることを周囲に伝えること(勇気)を学ばれたとのことです。そして、失明をされて、特別支援学校である盲学校に通われてからは点字をはじめとする聴覚・触覚で情報の入手・発信していく自己の文化の根幹を創る経験をされました。

一九七〇~九〇年代はインテグレーション、すなわち視覚障害児(マイノリティ)を健常児(マジョリティ)の学級に「統合」するという発想が一般的であった。

 

この考えは今も大きくは変わらないように感じます。教育と福祉の連携やデイジー教科書や点字教科書等さまざまな文化がすこしずつ健常児の学級に導入されてきていますが、まだまだどのようにマジョリティの中に溶け込むかということに重きが置かれてます。

視覚障がい者に関わらず、自閉症やADHDを持つ児童などさまざまな文化を持つ方々がたくさんおられます。自分の心の落ち着かせ方や体の使い方など各々の文化の中で学ばなくてはいけないことはたくさんあります。

文化の共有(文明)

一つの教室の中でさまざまな文化が混じり合うこと(文明)がインクルーシブ教育の求めるところになりますが、その文化を深めるところはどこになるの?ということが特別支援教育の中止についての課題になります。

もちろん、現状でも訪問看護や訪問リハビリ、放課後等デイサービスといった事業所などがその役割を担っている面もありますが、少なくとも学校等の公的な場所で文化を創っていく機会は減ってしまいそうです。

また広瀬さんは、現在のインクルーシブ教育は障がい児者の学習の権利は保証されているもの、マイノリティ同士の繋がりの少なさも懸念されています。

自分の考えや状況を共感する仲間がいることは自分の心の支えに繋がります。皆で文化や文明を創ることで、自分の文化を誇れますが、マジョリティとの比較の中で創った文化は愛せるのでしょうか。

 

広瀬さんが研究されているユニバーサルミュージアムは触常者の方も楽しめる博物館を目指すのではなく、見常者も触常者もだれもが楽しめる博物館を目指しています。見るだけではなく、さわることで初めて分かることがある。見常者がさわる文化に触れることで得られる気づきが博物館の楽しみ方の変化を創る。文化の共有を目指すのがインクルーシブ社会、教育を目指すことになってくるのでしょう。

福祉と教育の連携が進んでいく中で、私にも担える役割はありそうです。

今後も本を読んで考えをまとめるためのアウトプットを行っていきます。

それではまた。